福住は、篠山城下から京都に向かう篠山街道筋の宿場町です。江戸時代には本陣・脇本陣が置かれ、篠山藩や柏原藩の参勤交代の道として利用されていました。 篠山は、畿内と西国を結ぶ交通の要衝であり、徳川幕府が政権の基礎を固めるために最も重要な拠点としていました。篠山城が完成した慶長14年(1609年)には、徳川家康の実子である松平康重が初代城主として入城。慶長19年(1614年)の大坂冬の陣、翌年の夏の陣では、松平康重が篠山城から出陣しましたが、このときも、篠山街道を通って行ったということです。 今、福住に残る町並みは、篠山城下の河原町妻入商家群に匹敵するものであり、間口が広く屋敷がゆったりした分だけ、河原町妻入商家群より重厚な建物が多く見られます。また、古い伝統的な家屋の建て方は、妻入の中2階建て切り妻造、漆喰塗込めですが、表妻側に軒庇が付いており、一見、入母屋造に見える丹波地方独特の商家の建物。中には、軒庇が発達して棟になり、後ろから妻入の棟が合体した撞木造も見られます。さらに、古い町並みを構成する造り酒屋や呉服店、醤油屋などの店も見られ、一里塚跡とともに宿場町だった面影が色濃く残る町並みです。


詳細情報

住所兵庫県篠山市福住 (Googleマップで見る
アクセス

丹波篠山口ICより車で約30分

サイトURLhttp://www.city.sasayama.hyogo.jp/pc/group/shakaikyoiku/sightseeing/post-68.html

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ケンケン
三度の飯より篠山が好き。篠山のことなら任せておくれ。 お国問われて肩いからせて、俺が丹波のケンケンだ。ア、ヨイヨイ〜♪